根拠はない

マイティースイズデリシャス

金子差入店感想(真司くんと高史くん)

映画はもちろん作品によるけど、ストーリー・整合性云々より、その中に生きる人たちの人生の一部分を切り取ったものとして観ることが多い。だから作品の中で語られない時間があるのは当然だし、それがその作品の深みだったり余韻になるんだと思ってる。

 

真司くんは作中で3回、高史くんに会いに行っている。1回目、とてもお似合いの茶色のハーフジップのニットを着て。その直後、こず江からの「あの子には話し相手が必要だと思うんです」という依頼にこたえての2回目。そして、こず江にブランケットを返却し佐知と哲のことがあってからの3回目。

でも実際真司くんは少なくとももう1回、もしかしたらもう複数回高史くんに会いに行っているのではないかな。ブランケットを返却して佐知がイチゴを送ってくるまでの期間がたった数日とも思えないし、お仕事として請け負っている以上、そんな何週間も、もしかしたら月単位で引き延ばすなんてこと考えにくい。

 

タメ口で話し、「またな」と言って去る真司くん。まるで自分自身に話しかけているように、心の中を整理しているように。そんな真司くんに「もういいですか?」と聞く高史くんと、また「ありがとう」とこたえる真司くん。そうやって二人、関係を築いてきたのかな。もしかしたらそのうち、高史くんと会うことが真司くんのライフワークになるのかもしれないとさえ思った。

高史くんの事件があったことで、真司くんの仕事に対する意識が変わったのだろう。

 

真司くんの中にはこれまで依頼者と差入相手しか存在していなかったように見える。星野おじさんが行っていたように、依頼を淡々とこなす。相手が向こうでいくら暴れても、自分の役割を果たすことだけに集中して。

だけど今、真司くんはその背後には彼らによって傷ついた人たちがいることに気づいたのだと思う。なぜこの人は今、アクリル板の向こうにいるのか。

こず江が初めて金子差入店を訪れた日の夜、換気扇の下で煙草を吸いながら「突き刺さってるみたいでさ」と弱音を吐く真司くんに、美和子は少し冷ややかに「そんなのいつもじゃないの」と返す。妻から離婚届を突き付けられた彼にも、親からの手紙に泣いていた彼女にも、被害者がいる。今さら被害者のこ とを考えて胸を痛めるのは違うんじゃないの、と言っているように聞こえた。

ご近所との関係、和真のいじめ、真司くんの仕事がもたらした影響を受けながらも、それでも「パパの仕事は素晴らしいこと」と信じることで自分なりに折り合いを付け、また和真にも付けさせてもきた美和子にとって、自分の仕事の重みに今さら気が付き揺らぐ真司くんに「何を今さら」という気持ちと、「理解していたはずだよね?今さら逃げるなんて許さない」みたいな思いもあったのかもしれない。

 

それと、きっとこの事件をきっかけに変わったのは真司くんだけじゃない。

3回目の面会でほんの少しだけど自分のことを話してくれた高史くん。相手と向き合い、座って、目を合わせ、会話をする。差入屋と受刑者という不思議な関係だけど、確実に二人の間に独特の関係性が育っているみたい。その関係はこず江が高史くんにあげた一番の差し入れだったと思う。

 

でもようやく少しずつ変わり始めた高史くんが、自分のしたことの意味に気が付き悔いるのはまだ先だろうね。こず江がいつまでこの差入れを続けるのか分からないけど、もしその変わっていく姿を真司くんも見届けることができるなら、あのとき自分にも突き刺さった痛みに向き合う気持ちを、忘れずにいられる大切な時間になるのかもしれない。

 

どちらが差入れをしていたのか、どちらが受け取っていたのか、よく分からなくなってきちゃうな。