金子差入店感想(真司くんと高史くん)
映画はもちろん作品によるけど、ストーリー・整合性云々より、その中に生きる人たちの人生の一部分を切り取ったものとして観ることが多い。だから作品の中で語られない時間があるのは当然だし、それがその作品の深みだったり余韻になるんだと思ってる。
真司くんは作中で3回、高史くんに会いに行っている。1回目、とてもお似合いの茶色のハーフジップのニットを着て。その直後、こず江からの「あの子には話し相手が必要だと思うんです」という依頼にこたえての2回目。そして、こず江にブランケットを返却し佐知と哲のことがあってからの3回目。
でも実際真司くんは少なくとももう1回、もしかしたらもう複数回高史くんに会いに行っているのではないかな。ブランケットを返却して佐知がイチゴを送ってくるまでの期間がたった数日とも思えないし、お仕事として請け負っている以上、そんな何週間も、もしかしたら月単位で引き延ばすなんてこと考えにくい。
タメ口で話し、「またな」と言って去る真司くん。まるで自分自身に話しかけているように、心の中を整理しているように。そんな真司くんに「もういいですか?」と聞く高史くんと、また「ありがとう」とこたえる真司くん。そうやって二人、関係を築いてきたのかな。もしかしたらそのうち、高史くんと会うことが真司くんのライフワークになるのかもしれないとさえ思った。
高史くんの事件があったことで、真司くんの仕事に対する意識が変わったのだろう。
真司くんの中にはこれまで依頼者と差入相手しか存在していなかったように見える。星野おじさんが行っていたように、依頼を淡々とこなす。相手が向こうでいくら暴れても、自分の役割を果たすことだけに集中して。
だけど今、真司くんはその背後には彼らによって傷ついた人たちがいることに気づいたのだと思う。なぜこの人は今、アクリル板の向こうにいるのか。
こず江が初めて金子差入店を訪れた日の夜、換気扇の下で煙草を吸いながら「突き刺さってるみたいでさ」と弱音を吐く真司くんに、美和子は少し冷ややかに「そんなのいつもじゃないの」と返す。妻から離婚届を突き付けられた彼にも、親からの手紙に泣いていた彼女にも、被害者がいる。今さら被害者のこ とを考えて胸を痛めるのは違うんじゃないの、と言っているように聞こえた。
ご近所との関係、和真のいじめ、真司くんの仕事がもたらした影響を受けながらも、それでも「パパの仕事は素晴らしいこと」と信じることで自分なりに折り合いを付け、また和真にも付けさせてもきた美和子にとって、自分の仕事の重みに今さら気が付き揺らぐ真司くんに「何を今さら」という気持ちと、「理解していたはずだよね?今さら逃げるなんて許さない」みたいな思いもあったのかもしれない。
それと、きっとこの事件をきっかけに変わったのは真司くんだけじゃない。
3回目の面会でほんの少しだけど自分のことを話してくれた高史くん。相手と向き合い、座って、目を合わせ、会話をする。差入屋と受刑者という不思議な関係だけど、確実に二人の間に独特の関係性が育っているみたい。その関係はこず江が高史くんにあげた一番の差し入れだったと思う。
でもようやく少しずつ変わり始めた高史くんが、自分のしたことの意味に気が付き悔いるのはまだ先だろうね。こず江がいつまでこの差入れを続けるのか分からないけど、もしその変わっていく姿を真司くんも見届けることができるなら、あのとき自分にも突き刺さった痛みに向き合う気持ちを、忘れずにいられる大切な時間になるのかもしれない。
どちらが差入れをしていたのか、どちらが受け取っていたのか、よく分からなくなってきちゃうな。
金子差入店感想(こず江)
若年のシリアルキラーの家庭で語られる母親像やニュースで話題になるお騒がせおばさんにこず江を重ねて、なるほどこういうキャラクタね、と思っていた。
親子2人で住んでいるというおうちは裕福なのかな広くきれいで、真司の仕事に「どこにでも転がってる職業なんだろうな」と呟いた高史は職業差別を許す価値観を刷り込まれてきたように思えた。
真司に目のことを尋ねられたときの「ゴミ医者です」が大きく響いていたけれど、お父さんは例えばお医者さんみたいな職業だったのかもしれない。
そんな家庭でお母さんだったこず江。
息子が犯した罪に対する責任感や絶望、そんな息子であっても心をかけてしまうこず江の愛情が垣間見られる、小さかった頃の高史がいつもずっと持っていたというブランケット。小さい子どもが手放さなかったという割に、ヨレなくきれいで新品みたいな。
嗚咽し「よそ様の子どもに手をかけるなんて」「なんでこんなことに」と嘆きながら書く手紙にはまず、マスコミに追われホテル暮らしを余儀なくされている現状の訴えが書き連ねられていた。
マスコミの前に黙っているだけのこず江、「やめてください」と抵抗するこず江、涙ながらに謝罪し続けるこず江、ホースの水を浴びせるこず江。無情なマスコミとの孤独な闘いにより精神が蝕まれてしまった、愛情深い善き母である【ワタシ】。
こず江は自身の中にある確固とした「理想の家庭」「理想の息子」「理想のワタシ」の姿を演じ続けてきた人なのかな。こず江にとっては、高史も真司もマスコミもすべて、彼女が考えるあるべき姿を実現させるためのエキストラでしかないのかもしれない。
なんかちょっとバケモノっぽい。
彼女のあるべき姿のために他人を利用することに一切の躊躇がないし、利用していることにすら気が付いていない。彼女の思う正しい姿が、社会にそぐう公共にとっても正しい姿であると当然に思ってるような。
ラウンジでお茶をするこず江。これはきっと彼女の思う正しいワタシの姿のひとつなんでしょう。
この後また高史に会いに行く真司に顔も上げず「よかったです」と他人事の返事。たぶん時間が経ってマスコミに囲まれることもなくなったであろう彼女の中でこの事件はすでに過去のこと、終わったことなのかな。静かにカップを持つこず江よ、大物女優の貫禄よ。
善き母、マスコミに追われる被害者を演じきった彼女の大舞台も終わってしまえば静かなもの。
あんなに苦しんだ真司だもん、頬もピクピクしちゃうよね。
そんな女優。
金子差入店の感想(美和子)
昨年2024年10月の釜山国際映画祭から7か月ようやく公開日をむかえた金子差入店について、どこまでがネタバレなのかよく分からないのですが、いくつかある好きな場面のうちの一つについて書いておきます。美和子は初めて観たときから気になるキャラクターでした。
夫の仕事への理解が深く、品数の多い豊かな食卓、義母への対応、友人の狂気にも懐深く対応する、絵にかいたような献身的な良妻賢母……なのかもしれない。でも、わたしは病的なものを感じてしまう。乳児を抱えて、長いスカートを引きずりながら歩いていたころのギリギリの精神状態からまだ抜け出せていないような。そんな美和子の首の後ろのショットが印象に残ってる。何度も美和子の後ろ姿や首の後ろを見た気がする。首の後ろって急所だったりもするわけで、無防備にさらけ出すことしかできない目の前に捕らわれたいっぱいいっぱいの心だったり、何かを背負っている耐えている状態を表しているのでないかって考えちゃった。
翻って真司は、無邪気な可愛い男だなあって。これはもちろん演じている丸山隆平さんへのひいき目も入っているのだろうけど、でも単純にポジティブな意味だけでの「無邪気で可愛い」ではない。こちらも絵にかいたような温かい家庭。息子のいる、家族のいる現状を心から愛し「僕の家族」を満足げに見ながら眠りにつく。
絵にかいたような家庭を維持する美和子と、絵にかいたような家庭を喜ぶ真司と。彼なりに維持をしようとしていたのだろうけど、わたしからは守るべき・築くべき家庭と、享受する家庭と、美和子と真司の家庭には少しズレがあるのかなって思えた。「生きてる間にしか会えないよ」という美和子のセリフ。真司のお母さんが彼が不在時にお金をせびりに来たあとの場面。美和子の実家はもうないのかもしれない。自分でも気づいてないうちに自らを削って耐えているように、思い描いていた家庭像を必死で維持しているように見える。
そんな中で真司の過去や仕事が原因で息子の和馬が学校でいじめを受けていることが判明する。そのことを知っていたのかと美和子に詰めより怒りを爆発させる真司に「わたしも」と自分の現状を告白するんだけど、真司は少したじろいでもなお和馬の状況に憤り続けるの。その瞬間に真司を見る美和子の目が好きで、というのも、そこだけ初めて彼女自身の本来の感情を見ることができた、いつもは自分のことよりも他人やもちろん家族を慮っている美和子が「わたしは?!」と自分のために怒れた気がするから。案の定?怒りをそのまま学校に乗り込んだ真司を迎えに行った美和子は、差し入れ屋って素晴らしい仕事なんだって真司にぶつけるんだけど、自分にも言い聞かせているようにも真司に対する盲目的な信仰にもとれて、彼女を支えている信念はここなのかなって思った。
結論として何かあるわけではないのだけど、正直わたしには理解が難しい生き方だな、でも美和子が幸せに生活できているのならいいなと思う。余計なお世話だし、彼女からしてみればわたしこそその幸せを知らない人なんだろうな。自分を削ってでも守りたいものがあることは強いね。
金子差入店、大きい口で親子丼を食べる丸山隆平さん最高映画
ヒトと人の丸山隆平さん
丸山隆平さんを見ていると、本来ヒトはこういう形をしていたのかと思うことがあります。それほど丸山隆平さんのお顔を見ている。ジッと見ている。
わたしはそもそも映画も小説も音楽も、一度好きになるとしばらくはそれしか観ない読まない聞かないので、丸山隆平さんのお顔立ちが本当に大好きなわたしはここ何年も丸山隆平さんのお顔だけをずっと見ています。
丸山隆平さんのお顔をずっと見ているのに、丸山隆平さんはこういうお顔だと言い切ることができないのは、お顔の色々な筋肉が自由自在に動いてコロコロと表情が変わるからかもしれない。だからずっと見ていられるのかもしれない。
丸山隆平さんの眉骨の少し上のほう眉毛よりも気持ち上の位置に実際に眉を動かす機能があることを見たり、口を開くときに下あごが下がり上唇と下唇の繋がる部分の甘いところが見えると、ヒトの機能性とかデザインになぜそこに魅力を感じるのかまず理由を考えようとする習性。でも考えている間にもわたしの目が動いて次の丸山隆平さんの魅力的な部分、涙袋の影の角度やお鼻の先から小鼻への流れを追ってしまう。いつまで経ってもまとまらない考え。
そういえば丸山隆平さんの小鼻の形は、どうやってヒトがヒトの形として組みあがってきたのかヒトの成り立ちの過程を思わせてロマンがありますよね。百貨店の壁に埋まっている小さいアンモナイトを見たときと似た喜びがある。丸山隆平さんのお顔には、ヒトという長い歴史をもち存在する形としての美しさや動機があるんですね。
さて、わたしは人としての丸山隆平さんを知りません。それでもメンバーの方々や親しい方からの「優しく繊細」という評に賛成します。
わたしから見える丸山隆平さんもとっても優しくて繊細な人。もちろん丸山隆平さんが他人に見せたくないなと思うような部分もあるのでしょうが、そう優しく繊細とわたしが思う姿で居続けてくれているのも丸山隆平さんです。
真面目だし誠実な人だな、とも思います。今年読んだいくつかの雑誌で丸山隆平さんがSUPER EIGHT というアイドルグループのメンバーとしての音楽への向き合い方を語っていて、グループ内での立ち位置や動き方、特に音楽的な面でどのようにグループを見ているのかが分かってすごく納得したし安心したんです。もちろんインタビュアーの視点も入った上での記事ではあるけど、丸山隆平さんがどのように腹落ちさせてお仕事に対しているのか、またそこに職業人としてのある意味客観的な視線もあって伊達に20年続けてきているのではないなと思わせるものでした。コツコツと積み重ねることができる真面目さ、自分を悪い意味で裏切ったりしない誠実さ。かっこいい大人の姿だなあ。
君はスゴイ 君はスゴイ 僕が知りうるなによりも
その かわいいステップは そのまま 人類の進歩だ
わたしは「平和」という曲の歌詞が好きで、毛皮のマリーズというバンドの曲なんですけど、大好きな相手がそのままこの歌っている人の世界の全て、人類史そのものになっちゃっているのが可愛いなと思う。
わたしにとって正しくヒトであり、また実際確かな人でもある丸山隆平さんが生まれて41年。わたしにとっては丸山隆平さんが辿ってきた道が人類の歩んできた道そのもの。そしてまだまだ歩みを止めることはなさそう。丸山隆平さんとして41年、SUPER EIGHT として20周年の今年、ここからどれくらい遠くまで丸山隆平さんは行くのか、わたしもできるかぎりついて行きたいな。
ヒトと人の丸山隆平さん
丸山隆平さんを見ていると、本来ヒトはこういう形をしていたのかと思うことがあります。それほど丸山隆平さんのお顔を見ている。ジッと見ている。
わたしはそもそも映画も小説も音楽も、一度好きになるとしばらくはそれしか観ない読まない聞かないので、丸山隆平さんのお顔立ちが本当に大好きなわたしはここ何年も丸山隆平さんのお顔だけをずっと見ています。
丸山隆平さんのお顔をずっと見ているのに、丸山隆平さんはこういうお顔だと言い切ることができないのは、お顔の色々な筋肉が自由自在に動いてコロコロと表情が変わるからかもしれない。だからずっと見ていられるのかもしれない。
丸山隆平さんの眉骨の少し上のほう眉毛よりも気持ち上の位置に実際に眉を動かす機能があることを見たり、口を開くときに下あごが下がり上唇と下唇の繋がる部分の甘いところが見えると、ヒトの機能性とかデザインになぜそこに魅力を感じるのかまず理由を考えようとする習性。でも考えている間にもわたしの目が動いて次の丸山隆平さんの魅力的な部分、涙袋の影の角度やお鼻の先から小鼻への流れを追ってしまう。いつまで経ってもまとまらない考え。
そういえば丸山隆平さんの小鼻の形は、どうやってヒトがヒトの形として組みあがってきたのかヒトの成り立ちの過程を思わせてロマンがありますよね。百貨店の壁に埋まっている小さいアンモナイトを見たときと似た喜びがある。丸山隆平さんのお顔には、ヒトという長い歴史をもち存在する形としての美しさや動機があるんですね。
さて、わたしは人としての丸山隆平さんを知りません。それでもメンバーの方々や親しい方からの「優しく繊細」という評に賛成します。
わたしから見える丸山隆平さんもとっても優しくて繊細な人。もちろん丸山隆平さんが他人に見せたくないなと思うような部分もあるのでしょうが、そう優しく繊細とわたしが思う姿で居続けてくれているのも丸山隆平さんです。
真面目だし誠実な人だな、とも思います。今年読んだいくつかの雑誌で丸山隆平さんがSUPER EIGHT というアイドルグループのメンバーとしての音楽への向き合い方を語っていて、グループ内での立ち位置や動き方、特に音楽的な面でどのようにグループを見ているのかが分かってすごく納得したし安心したんです。もちろんインタビュアーの視点も入った上での記事ではあるけど、丸山隆平さんがどのように腹落ちさせてお仕事に対しているのか、またそこに職業人としてのある意味客観的な視線もあって伊達に20年続けてきているのではないなと思わせるものでした。コツコツと積み重ねることができる真面目さ、自分を悪い意味で裏切ったりしない誠実さ。かっこいい大人の姿だなあ。
君はスゴイ 君はスゴイ 僕が知りうるなによりも
その かわいいステップは そのまま 人類の進歩だ
わたしは「平和」という曲の歌詞が好きで、毛皮のマリーズというバンドの曲なんですけど、大好きな相手がそのままこの歌っている人の世界の全て、人類史そのものになっちゃっているのが可愛いなと思う。
わたしにとって正しくヒトであり、また実際確かな人でもある丸山隆平さんが生まれて41年。わたしにとっては丸山隆平さんが辿ってきた道が人類の歩んできた道そのもの。そしてまだまだ歩みを止めることはなさそう。丸山隆平さんとして41年、SUPER EIGHT として20周年の今年、ここからどれくらい遠くまで丸山隆平さんは行くのか、わたしもできるかぎりついて行きたいな。
ハザカイキでぽろぽろ感想など
とりあえず今のところのざっくり感想です。まとめてちゃんとしたものを書き直す可能性もあります。内容にふれています。
「ゲボですよ、おれたち」
週刊誌に垂れ込まれた菅原クンに叩きつけられた川綱のひと言。
田村マネージャーの「全部出しましょう」の声でゲボにまみれた菅原クンは最後、すべて洗い流してくれるシャワーみたいな雨の中、濡れないようにジャケットの中に入れ込んでいたカメラバッグさえ地べたに捨て置き、2人で笑い合って過ごす楽しさにプロポーズまでして。傍観者でいることを許さないような鋭い目でわたしたちにフラッシュライトを浴びせた菅原クン、ゲボはゲボであれよ。ゲボの正しさや美しさを見せてくれよ。永遠に「論破ってことでいい?」ってイキった小憎らしい菅原クンであれよ。
初見第一幕の間中、なぜこれを舞台でやろうと思ったのか考えていました。
舞台は対比や繰り返しが映像以上に分かりやすくなる気がしていて、それを説明してくれる読み物はないのかなと思っているところなのですが、その効果を狙った部分もありそうだと思いつつそれでもなお物語だけでなく場面の切り替えの速さ、音楽の入り方もなんだか映画っぽくて、よりなぜ舞台にすることを選んだのか不思議でした。実験的と呼ぶには完成度が高く熟練された左右とたまに正面、そして奥にかかる橋の立体的な舞台装置、それと菅原クンの濡れ場(物理)。シーンごとに舞台を分割したり引き延ばしたり、映像を舞台で実現させるためにどう演出していくのかがベースのアイデアなのかなと思いました。けれどクライマックスの橋本香アイドルの記者会見でようやく理解しました。
あのこねくりまわしたセリフを書いた三浦さんって面白いなあとまず興味がわきました。ちなみにわたしの一番好きな太宰治の作品は「駆け込み訴え」で、町田康の「告白」は超傑作だと思っています。
読点を嫌う問答みたいな記者会見、こんなのは自分の中を覗き込みながら坂道を転がり落ちるみたいに速度を増してヒステリー混じりの自己陶酔にも陥りそうなものだけど橋本香アイドルはぎりぎりのところで留まり、ときに菅原クンに目をやり、またカメラの向こうの視聴者や客席のわたしたち届く演説をやりきり、菅原クンを見送る。腹の座り方が半端ない橋本香アイドル。
活動自粛中の橋本香アイドルがひとり部屋で歌う中島みゆきの「時代」。『まわる まわるよ 時代はまわる』歌詞に合わせて舞台が回り、週刊誌の矛先も菅原クンにまわってくる。そして記者会見の前にもまた同じ歌を歌い、自分のターンに戻す橋本香アイドル。橋本香アイドルが時代をまわしているんだね、2000年に一人の逸材・天才的なアイドル様だよ……。
わたしの一番好きなアイドル丸山隆平さんは、今回の演目でも三角関係巻き込まれ型主人公であったな。前作のパラダイスでは真鍋と辺見との三角関係だった梶君、今回は里美と伸二との三角関係な菅原クン。
恐ろしいのが両作品とも当て書きであるということ。そんな役をあてたくなる丸山隆平さんは赤堀さん、三浦さんにどのような面を見せているのか想像に堪えない(饅頭めちゃくちゃ怖い)。
次のツアーでは『セクハラ変態記者』ウチワがいくつ上がるのか楽しみ。
ICLを受けた話
2023年にICLを受けて目がめちゃくちゃよくなりました。目の中にコンタクトレンズを埋め込む手術です。レーシックも考えたのですがわたしの最強度近視ギリギリの視力と乱視から結果ICLとなりました。
2023年の7月末にコロナになってそのままお盆休みに突入。
1日の半分以上を寝て過ごし、コンタクトレンズを使わない生活が続いたのでふと思い立ち以前から気になっていたICLを調べてみたところ、検査2週間前からコンタクトレンズ使用禁止だったのでちょうどいいやと思い申し込んでみることに。
ICLは認定医資格を持つ先生でないと執刀できないそうなのですが、その中でもICLエキスパートインストラクターという上位ライセンスを持っている先生がいる病院を選びました。失明することはほぼないとは言われているものの、目の手術に万が一のことがあったら悲惨なので思い付きの行動ではあったものの、ここは慎重に選びました。
事前検査
2週間の裸眼・眼鏡隠遁生活を経て受けた初回検査は視力・眼圧・細胞の量?の調査、瞳孔を開く目薬と麻酔のための目薬をさして黒目のサイズをはかるなど、1時間半から2時間ほどかかりました。目薬を何度もさしていると元々遠くが見えないのに、さらに近くも見えなくなって恐怖でした。また黒目のサイズを測るとき目を閉じられないように器具を取り付けたのが楽しくて、帰りにコンビニで牛乳を買って飲みました。
初回検査後にコンタクトレンズ復帰できるかと思っていたら2回目の検査を行わないとコンタクトレンズができないとのこと。初回検査後にコンタクトレンズを着用してしまうとまた2週間裸眼・眼鏡拷問を受けないと2回目の検査を受けることができなかったので、もっとも早く予約ができる日に実施しました。
2回目は視力が安定しているのかどうかの確認が主になるようで、初回ほどかからずに終了しました。2回目の検査時にICLレンズ代金のみ支払い、病院がICLのレンズを発注し、入荷してから手術日の調整、手術当日にレンズ代金を除く施術代を支払いの流れが通常ですが、レンズの入荷が遅くなった場合施術が翌年に繰り越しになり、ICL手術費用の領収書も翌年の日付になってしまう可能性がありました。
ICL手術では医療費控除を受けることができるのですが、できれば2023年度分で確定申告をしたかったので病院に便宜を払っていただき2回目の検査時に全額を支払いました。翌月のカード支払いが他の支払いも合わせて三桁万円になりさすがに興奮しました。
初回検査と2回目の検査が8月末、幸運なことに9月半ばにはレンズ入荷の連絡がありました。状況によっては数か月かかることもあるそうでラッキーでした。もしかしたらICLを受けがちな視力のボリュームゾーンだったのかもしれません。
その後病院とのやりとりで11月末に手術を受けることが決まりました。
手術3日前から1日に4回コンタクトレンズを外して目薬をさす必要がありましたが手術前日までコンタクトレンズを着用していてもよいとのことで、2週間使い捨てのレンズを1日で使い捨ててみたりと富豪のような生活を送り当日を迎えました。
手術の日
当日はコンタクトレンズ禁止なので眼鏡を外して歩いてみたり、最後の目が見えない状態を楽しみながら病院へ向かいました。
受付後、簡単な検査をしてから早々に目薬祭りが始まりました。黒目のサイズをはかったときと同じ麻酔と瞳孔を開く目薬です。名前を書いたシールの貼られた長いスモックのような物を着用し、給食係たいな帽子をかぶり、わたしと同じように手術を待つ人たちと静かに待合室の椅子に座り、時折看護師さんがいれてくれる目薬を大人しく受け入れる時間がたぶん30~40分ほど続きました。徐々に視界がボヤけ、ひとりずつ人が減っていく中いよいよわたしの順番がまわってきました。
生まれて初めての手術室入室だったのですが、目があまり見えていなかったのが残念です。
歯医者さんのような椅子に座り寝かされ、先生が「今からこれを入れますね」と目の前でICLのレンズをかざしてくれたのですが、なんせ目薬祭の後なので何も見えませんでした。
手術中は天井の3つのライトを見つめていてほしいとのことでしたが、途中でオレンジがかった肌色に薄いピンクに灰色が少し混じったような色で塞がれライトが見えなくなる瞬間がありじゃっかんパニックになりました。
また、黒目の上の部分を切開しレンズを目の中に入れる工程で、痛くはないものの何とも言えない不快感が辛くて辛くて足の指をずっと動かしていました。感触の不愉快さからか脳貧血のときのようなショックを感じて息が上がりました。
目は二つありますからね右目が終わってから次は左目です。インターバルのときに先生が言ったのは「麻酔が効きにくく痛みに弱いタイプですね」だったので、もしかしたら他の方はそこまで感触も感じないのかもしれません。
左目が始まったときには看護師さんが手を握ってくれたので思い切りギューッとさせていただきました。優しい。ありがとう。でも途中でほどかれました。悲しい。
手術自体は両目でもしかしたら10分ちょっとで完了したかもしれません。終わってすぐはまだピントが合わずボヤっとしているものの、明らかに手術前より見えていた気がします。
30分ほど病院で休憩をして簡単な検査をしてから解散だったのですが、待合室で他の方々と同じように椅子にかけようとしたところベッドで寝ますかと聞いていただいて申し訳ない気持ち。休憩後の検査でも問題なく、前もって準備していた保護メガネをかけて病院を後にしました。
保護メガネは病院で買うこともできたのですが、楽天で花粉用のサイドもカバーできるものを購入しました。しばらく外出時はもちろん家の中でもかけている必要があり、お化粧もできない時期にかけるので顔に合うものを探したほうがましな気分ですごすことができます。
翌日も朝いちで術後検査があったので病院の近くのホテルにチェックイン。なんと手術当日はお風呂に入れず、もちろんシャワーもダメで、洗顔も禁止。さらに2時間おきに3種類の目薬をさす必要があります。
手術前にICL体験ブログを散々読んでいたので疲労や何やら覚悟していたのですが予想外に普通で、麻酔の効果もなくなってきたころにはコンタクトレンズを付けているのとほぼ同じように見えるようになっていました。ただ、ライトを見たときに白いラインがシュインシュインと円をかくのが気になりました。
また徐々に目が乾いた時のような疲れが出てきたり、コンタクトレンズをつけたままオイル洗顔をして目の中でオイルの膜が張っちゃったときのようなモヤモヤとした見えにくさがあったり、左目がコンタクトがずれた時のようなレンズ曇ってるように白っぽく見えたり、まさか失敗したのではと不安になりました。
寝る前に目を避けて顔を拭き、準備しておいたドライシャンプーを使ってみたもののすっきりせず、せめて今が夏でなくてよかったと思うしかできませんでした。いざベッドに入っても目が見える状態で眠るということが小学生の低学年のとき以来だったことを思い出し、なんだか悪いことをしている気持ちになって、コンタクトレンズをつけたままお昼寝をしたときのようにしっかり眠れずうつらうつらしながら朝を迎えました。
手術のあと
翌朝早いすぎる時間に目が覚めたので、喫茶店でゆっくり朝ごはんを食べて病院で向かいました。夜ほどではないけれど明るい場所でも太陽の光が反射すると白いラインが気になりましたが、モヤモヤも白っぽさもなくなっていました。
検診も30分かからず終わり、視力はなんと1.5になっており目がとても良い人に大変身を遂げていました。気になっていた白いラインは、手術前から話に聞いていたハローグレア現象でした。なくなることはないけれど、慣れて気にならなくなるそうです。確かに手術後1か月以上経った今でも白いラインは見えますが物を見るのに邪魔にはならず気にもならなくなりました。
手術翌日からは1日中保護眼鏡、1日4回3種類の目薬を点眼、洗顔、洗髪は3日ほど禁止。洗顔はふき取りパッドで対応、洗髪はタオルを目元に掛けエクソシストのリーガンスタイルで対応。感染症を予防するためにも止めたほうがいいのは分かるのですが、どうしても我慢できなかったです。自己責任で。
1週間後に再度検診がありました。この日も30分とかからず終了し、視力は変わらず1.5、ICLのレンズもきれいに入っているということで一安心。ただ乱視があるためレンズがズレてしまうと見えずらくなり再手術となってしまうので今後も目をこすらないように注意をしなければなりません。
1日4回3種類の目薬は継続、目元のメイクは引き続き禁止ですが頬から下の化粧と保護眼鏡が免除となりました。さらにその後1か月検診で問題のないことを確認していただき、目薬も1日2回2種類がなくなればおしまい、目元のメイク解禁ということでようやく人権を取り戻すことができました。
この日、病院の後に免許センターで眼鏡など条件解除をしてきました。目の中にレンズが入っているので正確には裸眼ではないのですが、運転免許的には裸眼と同じ扱いになるそうです。日常的に着脱可能かがポイントかもしれないですね。
今後3か月検診、6か月検診があります。何事もなくクリアできるといいなと思います。
ICL受けてみて
今のところ受けてよかった、満足しています。
見え方はコンタクトレンズのときと同じなので劇的な何かがあったわけではありません。しかも毎日何回も目薬をさしたりお化粧ができなかったりと不自由が多かったのでまだ完全に手放しでコンタクトレンズのときよりも楽とは言えませんが、それでも起きてすぐ目が見えることで生活は変わった気がします。
大きな地震など災害があったとき、寝起きであっても目が見える状態で動けたり、替えのコンタクトレンズや洗浄液を準備しておく必要がないのはものすごく大きいと思います。
人によって合う、合わないはあるとは思いますが、わたしは受けてよかったです。